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加賀温泉郷抜きで加賀市を考えてみる

石川県加賀市といえば「山代・山中・片山津温泉」など加賀温泉郷を有する大観光地のイメージがありますが、「温泉抜きで・・・」という目線で加賀市を再考してみたのが今回の企画です。北陸線の特急に乗っていると「加賀温泉」という駅に停まりますが、加賀市の代表駅はその隣にある大聖寺駅。かつては加賀藩10万石の城下町で、富山とは少なからず関わりのある場所だったりしますが、この説明はWikipediaに詳しいので抜粋して掲載します。

【Wikipediaより】

江戸時代の当初は、加賀藩の城代が大聖寺城で江沼郡を支配したが、元和元年(1615年)の一国一城令で廃城となり、この役職は郡奉行に改められた。

寛永16年(1639年)、加賀藩の第3代藩主前田利常が隠居する際、次男の利次富山10万石を、三男の利治に大聖寺7万石を割いて、富山藩と大聖寺藩が立藩された。大聖寺藩の版図は江沼郡の大半133村(6万5700石余り)と、越中国新川郡のうち9村(4300石余り)であったが、万治3年(1660年)に領地交換で江沼郡全域と能美郡6村となった。

つまり大聖寺藩と富山藩は加賀前田家の両輪で、金沢を長男とすれば次男と三男の関係のようなところだった訳です。「一国一城令」により城址は壊されてしまったが(富山城は越中国だったため、廃城は免れた)、街は城下町らしい風格に満ちあふれていました。

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街なかに堂々と建つ「時鐘堂」
現在のものは昭和9年の大火後に再建されたものですが、元は1667年に建造されたもので、大聖寺の城下町に時を告げる役割を果たしていました。
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市内を流れる大聖寺川沿いにある「深田久弥山の文化館」
NHK-BS「グレートトラバース」で絶賛紹介されている「日本百名山」の作者である氏の作品の展示のほか、山の情報交流館としての役割も果たしているとのこと。
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文化館の隣にはテラス席が素敵なカフェも併設されていて、格安で美味しいコーヒーを提供してくれています。
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カフェでは地元のご夫人が作成された切り絵が飾られていました。大聖寺の原風景とのことで、素朴な良い絵でした。
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カフェの前の川には風雅な屋形舟が繋がれていました。近寄ってみると屋形舟クルーズが行われているようで、乗船券売り場はなんと北陸鉄道の廃車両。今回は先の予定があるので乗船できませんでしたが、これは次回の宿題としましょう。
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屋形舟乗り場から更に上流に向かうと「長流亭」という大聖寺藩主の休息所として上棟された亭舎があります。国の重要文化財に指定を受ける名建築で、一説には「小堀遠州が手がけている・・」と言われています。ただし長流亭の上棟が1709年なのに対し小堀遠州の没年が1647年、あくまで「遠州好みの・・・」という事のように思えます。




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by honwa-do | 2016-06-26 07:58 | 北陸 | Comments(0)